腰痛概念の変化

腰痛概念の変化

このページでは、腰痛に困っている方の情報提供の場とさせていただきます。

昨今の様々な研究により昔からの腰痛の概念は変化してきています、

腰痛といえば、世間ではこんな噂がはびこっているようです。

[check]「腰痛は、直立二足歩行を選択した人類の宿命であり、身体の重さに耐えきれなくなった腰の悲痛な叫びである」

[check]「過重な負担で受けた腰の損傷は、背骨や椎間板の異常として画像検査で確認できる」

[check]「腰痛に襲われた時は、痛みが消えるまで静かに寝ているのが鉄則」

[check]「完治させるには手術によって腰を修理する以外にない」

ずいぶんもっともらしく聞こえますが、この手の話はもはや完全に一蹴されていて、今では腰痛にまつわる神話でしかなく、前世紀の遺物と化しています。

1991年、医学界にEBM(Evidence Based Medicine)という概念が登場しました。これは、目の前にいる患者に、何かをした場合、他の方法と比べて、結果にどんな差があるのかを把握したうえで、多様性のある個々の患者にとって最善の医療を提供するための方法論です。日本では「根拠に基づく医療」と呼ばれています。

 

腰痛診療ガイドライン

EBMが登場したことによって、各分野で従来の診断と治療の再評価が始まり、腰痛の分野に関しても今現在、少なくとも15の腰痛診療ガイドラインが世界に存在します。

このガイドライン作成過程でいくつかの意外な事実が明らかになりました

  1. 腰痛は「生物学的(物理的・構造的)損傷」というより、様々な要因によって生じる「生物・心理・社会的疼痛症候群」だということ。

  2. ごく一部の例外を除き、ほとんどの腰痛は風邪やササクレ(逆剥け)のような「自己限定性疾患」(self limited disease)、すなわち、ある一定の経過をたどって自然に治癒する、予後良好の疾患だということ。

  3. 安静が腰痛や下肢痛に効果があるという証拠は無く、安静にしているとかえって回復が遅れるということ。

要するに腰痛は、背骨や椎間板の異常より心理社会的因子の影響を強く受けていると同時に、たいていは発症から数週間以内に自然治癒するもので、動かずに寝ているよりも普段どおりの生活を続けたほうが早く回復するということです。

 

トリアージ

自己限定性疾患が多い腰痛ですが、中には重病のサインとして腰痛が発症している場合があります。ここで重要なのはトリアージ(治療の優先順位)が必要になってきます。腰痛疾患のトリアージは「レッドフラッグ」「非特異的腰痛」「神経根症状」という三つのカテゴリーに分類されます。

 

レッドフラッグ 

レッドフラッグ」というのは、転移性脊椎腫瘍、脊髄・馬尾腫瘍、化膿性脊椎炎、椎体骨折、解離性大動脈瘤、強直性脊椎炎、閉塞性動脈硬化症、馬尾症候群などの存在を疑わせる危険信号のことです。

全腰痛患者に占める割合は1~5%でしかありませんが、絶対に見逃すわけにはいきません。具体的にはこういうサインがあります。

  • 発症年齢が50歳以上である
  • 徐々に痛みを感じるようになった
  • ひどいケガをしてから腰が痛い(高所からの転落、交通事故)
  • 絶え間ない痛みが徐々に強くなってきている(夜間痛、楽な姿勢や動作がない)
  • がんになったことがある
  • 全体的にからだの調子が悪い
  • 原因不明の体重減少がある
  • 胸が痛い
  • 糖尿病がある
  • 腰の手術を受けたことがある
  • 尿道カテーテルの留置、静脈注射の濫用、HIVポジティブ
  • 尿路感染症になったことがある(腎炎、膀胱炎、尿道炎)
  • ステロイド剤(副腎皮質ホルモン)や免疫抑制剤を使っている
  • 背骨を叩くと激痛がある
  • からだが変形している
  • 熱がある
  • 腰が固くて前屈できない状態が3ヶ月以上続いている
  • 尿が出ない、便失禁がある、肛門や会陰部の感覚がない

このリストに該当するものがひとつでもあれば、必ず重大な病変があるというわけではありません。ですが、命にかかわるような病気がないことを確かめるために、整形外科医を受診して画像検査と血液検査を受けて下さい。

とりわけ、馬尾症候群に特有な膀胱障害(排尿困難、残尿感、尿失禁)、直腸障害(便失禁)、サドル麻痺(肛門や会陰部の感覚消失)、外陰部のほてりや灼熱感(女性の場合)、陰茎の勃起(男性の場合)が現れた時は緊急を要します。一刻も早く脊椎外科医の診察を受けるべきです

 

グリーンライト

レッドフラッグの徴候がなければ「非特異的腰痛」「神経根症状」が当てはまります。この場合、自己限定性疾患なので、遅かれ早かれ時間が解決してくれます

「非特異的腰痛」

腰やお尻、太ももの裏側に痛みを感じる場合で、姿勢や動作によって痛みが変化する(強くなったり楽になったり)という特徴があります。全腰痛患者に占める割合は80~90%で、六週間以内に90%の患者が自然に回復します。

「神経根症状」

腰痛よりも下肢痛(主に片側か片側優位)のほうが強く、膝の下からつま先まで痛みが放散したり、痺れや知覚異常、筋力低下がある場合です。

痛みに耐えられる範囲でかまわないのでゆっくり身体を動かし日常生活を維持することが治療の第一歩になります。

ただしグリーンライトの場合でも、急性腰痛(発症後1ヶ月未満の腰痛)・亜急性腰痛(1~3ヶ月未満の腰痛)の内に手を打ち、慢性腰痛(3ヶ月以上続いている腰痛)に移行させない努力が必要になってきます。

 

イエローフラッグ(心理社会的因子)

レッドフラッグの徴候が無いものや、あっても専門医による精密検査にて異常が見あたらない場合はグリーンライト(自己限定性疾患)となり、遅かれ早かれ時間が解決してくれます。

それでもグリーンライトである腰痛・下肢痛が再発したり慢性化したりするのは「イエローフラッグ」とよばれる危険因子があるからなのです。

イエローフラッグとは「心理社会的危険因子」といったところで、腰痛を引き起こし、何度も再発させ、回復を妨げている真犯人は、腰の損傷ではなくて、イエローフラッグという名の心理社会的因子だったということです。

緊張、悩み、不安、抑うつ、怒り、認知の歪み(完全主義や非観主義)、疼痛行動(痛みの言語的・非言語的表現および疼痛回避行動)、不満のある仕事、職場でのストレスはもちろん、医療システムや社会システム(経済的・政治的問題など)のあり方が複雑に絡み合って腰痛の心理社会的因子となりえるということです。

 

治療戦略

腰痛は1つの方法で解決できるような単純な問題では無く、治療に関しては、症状を抱えている本人が主人公です。能動的な心構えが必要になります。

まずできることから始めましょう。

古い情報を捨てて、世界の腰痛に関する有意性のある情報をまとめた腰痛診療ガイドラインの情報をインプットしましょう。自分でできること読書療法をおすすめします。


読書療法

腰痛の研究は日々進化しております。各国でもガイドラインが発行され、今まで常識とされたことが変化してきております。

腰痛という症状に恐怖するより、積極的に新しい情報を学習していくことも効果的です。参考文献を記載しておきますので腰痛で困っており新しい情報を知りたい方は一読をおすすめします。

 

参考文献

長谷川淳史(2009)『腰痛ガイドブック-根拠に基づく治療戦略』